坂本龍馬 池田屋跡

池田屋跡

池田屋事件とは京都の旅館池田屋で元治元年6月5日に起きた事件で、近藤勇率いる新撰組が、長州や

土佐藩の尊王攘夷派を襲撃した事件です。

この事件には直接的に坂本龍馬は関与していませんが、この事件が起こったことによって、龍馬たちの計

画も中止せざる終えなかったのは確かです。

 

この事件によって、龍馬の同志であった、望月亀弥太や石川潤次郎もなくなってしまいます。お互い多くの

死者を出しましたが、結局は会津藩や桑名藩の藩士らによって、尊王攘夷派の浪士は20名近くが捕えら

れることになってしまいます。望月亀弥太は長州藩邸近くまで逃げることができましたが、追いつかれて自

害しました。

 

この一件で、尊王攘夷派の中に塾生がいたことから海軍操練所は閉鎖させられてしまいます。

現在の池田屋はすでになく、池田屋跡の碑が建っているだけです。しかし、新撰組のファンや桂小五郎の

ファンなど多くの人々が現在もここを訪れています。

 

ここで多くの血が流れ、そして、歴史の変貌の一コマとなった、そんな場所です。龍馬にとっては今後の人

生を変える大きな事件だったのでしょうね。

 

池田屋跡

住所 京都府京都市中京区三条通木屋町西入北側

見学は無料 駐車場はありません。 アクセスは京阪本線三条駅より徒歩約3分

 

坂本 龍馬 さかもと りょうま

天保6年11月15日 ~ 慶応3年11月15日

幕末の日本の政治家・実業家です。

土佐藩脱藩後、貿易会社と政治組織を兼ねた

亀山社中・海援隊の結成、薩長連合の斡旋、大

政奉還の成立に尽力するなど、志士として活動

しました。

 

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