神戸海軍操練所

神戸海軍操練所

勝海舟の進言によって、神戸に幕府が開いた海軍士官養成機関です。

坂本龍馬をはじめとし、のちの亀山社中のメンバーとなる近藤長次郎などの土佐の脱藩藩士や、紀伊、鳥

取、薩摩、長州藩などの血気盛んな若者が所属していたとされる。

 

ここで、龍馬は航海術を中心に海軍に関することを学んだとされています。

しかし、脱藩藩士が多くいたり、池田屋事変が勃発したりと、どんどん立場が悪くなっていった操練所は、勝

海舟が去った後すぐに廃止されてしまいました。

この間わずか1年足らず。

しかし龍馬らはここで学んだ知識を生かして、のちの亀山社中でも商売の足がかりにしたのでした.。

海軍操練所は現在はもちろん取り壊されて、海軍操練所跡碑として、神戸の町中に残っています。

この碑の裏には名前が刻まれていて、勝海舟・坂本龍馬・伊藤俊介(のちの初代総理大臣伊藤博文)・陸

奥陽之助の4名が刻まれています。

その他にも、神戸には海軍操練所顕彰碑や、海軍英の碑・和田岬砲台など、幕末の海軍操練所に関連す

る建築物の跡が多く残されています。

現在は日本の港町として、横浜と並んで海上貿易の要となっているこの神戸で龍馬や仲間たちは、開国

への強い気持ちを育てていったのだと考えられます。

異国ムードの漂う神戸の町中を散策していると、この光景を望んでいたであろう龍馬たちの想いに、胸が

熱くなりますね。

  

神戸海軍操練所情報

海軍操練所跡碑  海岸通り京橋交差点 NTTビル前 神戸市博物館から海側に向かう。

海軍操練所顕彰碑 みなと公園 海岸通り 水上警察横 JR・阪急三宮駅から徒歩10分

海軍営之碑    諏訪山公園

和田岬砲台    三菱重工神戸造船所内 

 

坂本 龍馬 さかもと りょうま

天保6年11月15日 ~ 慶応3年11月15日

幕末の日本の政治家・実業家です。

土佐藩脱藩後、貿易会社と政治組織を兼ねた

亀山社中・海援隊の結成、薩長連合の斡旋、大

政奉還の成立に尽力するなど、志士として活動

しました。

 

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